春日部市の歴史は有史以前にまでさかのぼります。市内には縄文時代からの遺跡や貝塚が発見されているのです。また古代に築造された古墳もあり、継続して人が住み続けてきたことが明らかになっています。そんな春日部の地名の由来になったといわれているのが古代に登場する春日山田皇女。6世紀の安閑天皇の皇后とされているこの女性に伝える民が現在の春日部市周辺に居住していたのがルーツといわれています。ただし、これは伝承の域を出ていない部分もあり、直接のルーツは鎌倉時代に活躍した武家である春日部氏とされています。

なお、1944年までは「粕壁」と称しており、現在でも粕壁という地名が市内に残っています。

江戸時代には粕壁宿として栄えました。1619年以降はご料所として支配を受けていました。明治に入るとこの地に武蔵知県事と下総知県事が設置されました。1889年には町村制の施行により粕壁町となり、現在の春日部市の基礎ができあがります。その後第二次大戦中の1944年には内牧村と合併するとともに漢字表記が変更され、春日部町として再スタートを切ることになりました。そして1954年に市制に移行、さらに豊春村、武里村、幸松村、豊野村との合併を行い春日部市として生まれ変わりました。

2010年時点で最後の合併は2005年。春日部市と北葛飾郡の庄和町との合併が行われ、現在の市域が誕生することになりました。

このように、古くから続く歴史と、近代以降の合併による拡大という2つの大きな歴史を持っているのが春日部市の大きな特徴となっているのです。